今日までそして明日から

ロスジェネ世代の叫び

初めての投稿は、私の人生を振り返ろう。
タイトルは、知る人ぞ知る、日本ニューミュージックの基礎を創ったと言われるフォークシンガーの超大物・吉田拓郎(当時は「よしだたくろう」)のデビューアルバム「青春の詩」に収録されている名曲から取った。
この歌は後にCBSソニーに拓郎が移籍した際、第一弾のシングルレコードとしてシングルカットされ販売された。

私がなぜ、このタイトルでこのブログの第一作目の記事を作成したのか。

私は今年で47歳になる。
永遠に20代でいると信じていた青臭かった20数年前。
漫画家になるのが夢だった私は粋がっていた。

「俺ぐらいの実力があれば、会社に頼らなくても生きていける!」と。

何の根拠もなかった。
当時私は、後付けでフォークソングにはまっていた。
私がこの世に生を受けた1972年。世は拓郎ブーム、フォークブームの真っ盛りであった。
私は自分が生まれた年のトレンドを、大学生になって衝撃を受け、まさに「マイブーム」に浸っていた。

94年、就職活動は非情に困難を極めていた。
失われた20数年が前年に始まったばかりだった。
「暇だから企業に面接行ったら交通費余分にもらったぜ!」
という売り手市場だった92年までの就職戦線とは180度変わっていた。

私は社会に不満を大いに持った。「バブル崩壊の責任なんて俺たちにない!!」
そこで私は、学生運動というものがフォークソング全盛期とともにあったことを知った。

「今こそ俺たちが第二の学生運動をするときだ!腐りきった企業も国も、俺たちが叫んで変えて見せるっ!!」

・・・誰もかれもが私を冷めた目で見ていた。
「コイツ、頭イカれてるんじゃねぇの?」

私は、ついに新卒で就職が出来なかった。というよりも、「何とかなるさ」という甘すぎる考えだったのだ。
今に漫画を描いていれば、世間の方から私の漫画にお金を払わせて下さい、と言ってくると思っていた。

世はフリーターブームだった。マスコミが煽りまくっていた。
「会社に縛られない自由な生き方」と。
確かに縛られなかった。だが、カネがない。
カネがないと生きていけない。
だから人は働くのだ、と。

恥ずかしながら、初めて知った。

拓郎の「腹へった」の歌詞だ。
「♪あ~腹ペコだ あぁ腹減ったよ 生きるためにも食わなきゃならぬ それがすべての毎日 天から金が降る日が来たら ひとり呟く毎日♪」

この歌はCD化されておらず、拓郎の大ファンであった私はこの曲を探し求め、「よしだたくろうオンステージ第二弾」という中古LPレコードをこの曲を聴くために買ったほどだったのだ。既にプレイヤーがない時代だったので、妹のプレイヤーで聴いていた。

20数年生きてきて、粋がっていて人生のレールからはみ出してしまったあの頃から、今まさに20数年経ってしまった。
あの青臭い餓鬼だった頃の倍、「生きてしまった」のである。

日本は、確かに人生のレールを外れるともう元には戻れない。凄まじく冷たく厳しく、理不尽さも感じる。今、戦後最長の好景気だと?
おぃ!ふざけるな!暴れてやるぞ!中年運動してやる!!

と一人で怒鳴っても、今の時代相手にされないどころか、テロリストか犯罪予備軍と判断され、たちまち公安に目をつけられて放り込まれてしまうかもしれない。
だから暴れるのはやめよう。ここで文字を打つだけにしておこう。

しかし、おかしいことはおかしい、ともっと声を上げれる世の中じゃないとおかしいのだ。
今はすぐ炎上する。多数決の論理がネット上で凄まじく力を増している。
あの教師の暴力動画にしても、おかしいじゃないか。殴るのは犯罪だという認識を、みんながマヒさせている。
殴られた生徒の態度が悪すぎるから、殴ってもいいという理屈は絶対に危険だ。

しかし、私がこうしてここに書いても炎上なんてしないだろう。誰も知らないのだから、ここを。

違う意見があって当然だし、意見をお互いぶつけ合い、熱くなることは当然だ。その代わり、ルールをちゃんと守った喧嘩じゃなければいけない。
意見が違うといって、相手に言葉の暴力を振るうのは、もはや犯罪だ。

20数年経って、ますますフォークの時代の本質、反骨精神が強まっている。
僕は拓郎と違って、全く無名の貧乏な独身中年オヤジだ。
でも、こうして今は、ネットで叫ぶことが出来る。

私は曲は作れない。でも長い詩はこうして書ける。
これは詩なのだ。

人生はこれからも続く。生きよう。この詩を、20年後の私が、還暦をはるかに超え、古希に近づいた時、どのような状況で見ているのだろうか。
自分が爺になるなんて信じられないし、想像もしたくないが、20代から20数年経ってちゃんと40代になってしまっているのだから、60代の爺には生きている限り、必ずなる。

自分だけ時間に逆行して若返る奇跡なんて、どんな善い行いをしたところで絶対にありえないのだ。
ドラえもんが私のところへ来る奇跡も、ないだろう。

60代の私よ!今、君にこの詩を捧げようではないか。

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