昭和の凶悪ヒール二巨塔!アブドーラ・ザ・ブッチャーvsタイガー・ジェット・シン

プロレス

先月引退したブッチャーと並ぶ大物極悪ヒールといえばタイガー・ジェット・シンだ。
昨日の記事「プロレスに極悪ヒールは❝必要悪❞だ! 」でも書いたが、1979年まではこの二人が日本の外人トップであった。
つまり70年代の日本マット界は極悪ヒールが頂点を極めていたのである。

集客力はややブッチャー≧シンだったかもしれないが、ほぼ互角と言える。
ブッチャーの場合は78年以降はテリーが付いて来ればシンより遥か上の集客力だったろうが、ギャラの面からの採算性から行けば、シン一人の方が軍配は上がろう。
全日はとにかく外人が豪華な反面、ギャラの支出が半端なかったろうから。

ブッチャーは79年辺りからは愛されるキャラに変わり、初来日から一貫して場外で暴れまくって罵声を浴びせられるシンとは大きく違っていた。

昭和の昔は同じような立ち位置になって比較されていた両者だが、上記のキャラからいってタイプは大きく違う。
むしろ対極に位置していると言ってもいい。

シンに近いキャラは奇遇にもブッチャー・シン両者ともの師匠でもあるザ・シークだろう。
ただ、シンの場合はスピードとスタミナ、そして寝技のねちっこさという個性がある。これらはシークにはない。
よって、似ているようでそれぞれ❝オンリーワン❞の個性を持っていたのである。

さて、シークに関してはまたの機会に語るとして、タイトルに沿ってブッチャーとシンの比較を語ろう。

まずビジュアルだ。
ブッチャーはアラビアのベールを被り、先の尖った凶器シューズ。これは師匠、ザ・シークの影響がモロだ。
74年までは裸足だったが、75年の来日からは凶器シューズを履いている。

シンはと言うと、インド系のターバンとサーベルだ。
このサーベルは初来日時、ナイフを咥えていたシンの写真を見た猪木が「どうせ咥えるならサーベルの方が見た目が派手だろ」と鶴の一声でサーベルになったらしい。
まさか宿敵猪木がシンのキャラ確立のアイディアを出していたなんて、正直当時誰が予想できただろうか。

入場時から派手な凶器を堂々と持ち、観客席に雪崩れ込む大暴れの登場のシンと、静かに入場するブッチャー。
入場シーンも対照的である。

ブッチャーも観客に暴行しながら入場するイメージが昭和時代あったが、彼は殆ど入場では静かに一直線にリングに向かう。
客に叩かれたりモノを投げられたりとマナーの悪い客に対してだけ暴行していたのだ。

そしてシンも75年辺りまでのVTRを見てみるとわかるが、入場では後年ほど観客席に雪崩れ込むほど大暴れしていない。
ただ客のブーイングが凄いので、既に観客とやり合っている。それがあの大暴れスタイルに変化していったのだろう。

客に暴行するという部分においては、シンはブッチャーを遥かに上回る危険なヒールというイメージを確立した。

次に試合スタイルだ。
ブッチャーは基本、受けのスタイルだ。
何故あのスタイルかと言うと、ブッチャーは基本寝技は殆どしない。苦手なんだろう。
プロレスの試合において、寝技を省いてしまうと間が持たない。

ブッチャーの場合、地獄突きや蹴りといった打撃技が中心となって試合を組み立てる為、それ以外の時間を稼ぐには反則をするか、相手に攻めさせるしかない。また打撃技は攻撃する方もスタミナの消耗が激しい。
デブになったブッチャーは、静かに相手に攻撃されるのをただ耐えて行く方が楽だったのだと想像する。

その相手に攻撃させているシーンで自らが流血するという究極の自虐スタイルがブッチャーの真骨頂だろう。
反則・凶器攻撃が得意なブッチャーだが、自分のみが流血するパターンも多く、凄まじい流血でフラフラになりながらもカウント2で返しまくる。
出血量は胸や太鼓腹を伝って白いステテコまで朱に染めるぐらいだ。よく感染症にならなかったものである。
(因みにブッチャーと同じぐらいの傷の多さで流血ファイトを売りにしていたキング・イヤウケアは傷口から黴菌が入り、下半身不随になって引退している)

徹底的に相手が攻めるがブッチャーは一向にフォールされない。そして攻め疲れたところを地獄突きで素早く反撃し、空手ポーズを取って場内を沸かせるのがブッチャーの基本パターンだ。
そして反則、場外乱闘を仕掛け、興奮度を一気にスパークさせる。
格下相手だと血だるまにしてダウンしたところを、対角線上に大きくジャンプしてエルボーで仕留める。これがブッチャーのスタイルである。

シンはと言うと、ブッチャーと正反対で寝技中心のねちっこい試合スタイルが得意である。
インドレスリングをマスターしているシンは確かに寝技に切れ味があった。
それにコブラクロー(頸動脈を締めているから反則ではないと新日フロントが決めた)と首絞めチョークを織り交ぜた攻撃で相手のスタミナを奪っていく。

ただ寝技ばかりだと退屈極まりない。そこで場外・反則で場内を沸かせることが必要となってくる。
ブッチャーと大きく違うことはシンは基本的に自分がペースを握っていることが殆どだ。相手に攻めさせることは少ない。
トップロープからのダイブやとび技もシンがいなして受けないシーンは多くあった。

まして流血なんて殆どなかった。だからシンはブッチャーだけでなく、全レスラーと比較しても身体に蓄積されるダメージは極めて少ない部類だったろう。額に傷なんて全く見当たらなかった。

シンのスタイルは飽くまで猪木との抗争の中で固まっていったのだろう。猪木の抗争以前の試合は見たことがないのでわからないが、相手に華を持たせないスタイルだったろうからアメリカではトップにはなれないのはわかりやすい。

ブッチャーが74年から75年にかけて、アメリカ・カナダで売れっ子になり、来日が一年ぐらいなかった時期があったが、ブッチャーのキャラはシンよりはアメリカで受けた。ただ黒人ではまずいない流血ヒールスタイルなので、白人には評判は悪かったろうが。

猪木との戦いもシンはネチネチと延々と首絞めや凶器攻撃で猪木を攻め込み、中盤以降に猪木が反撃して沸かせるパターンが多い。
ワンパターン化が固まっていたが、それでもシンの試合はハプニング的な要素がいつもはらんでいるので、見ていて飽きがない。
ただ反則抜きでやるとこれほど退屈なレスラーもいないが。

ブッチャーはシンより基本技が打撃だけに見た目が派手なので、反則抜きでも試合を沸かせることが可能だった。
やることがなくなれば相手に攻めさせ、自分で自分の額をカットして血を出せばよかったから。

ブッチャーは唇をプルプルさせたり、ニターとキモカワイイ笑顔を浮かべたり、相手の技を受ける時は「キャー」と甲高いオカマっぽい声で悲鳴を上げたりと、パフォーマンス行動パターンも豊富だった。

気分が乗ってくると、垂れた胸を揺らしながらピョンピョンと飛び跳ねたりすることがあった。
相手がヒールであるシークやアレンとの試合ではこのしぐさを見せ、場内を沸かせていた。

こうしたブッチャーの愛嬌あるパフォーマンスに対し、シンは「は!は!は!」と独特の呼吸音を良く発していた。あれはパフォーマンスもあるが、自分のスタミナをロスしないように独特の呼吸法を行っていたんだろう。
後は特に全日へ移ってからだが、頭を大きく揺らしたり、また上田とのタッグでは肩を組んで登場したりと、愛嬌はないがこれも印象深いパフォーマンスであった。今となっては可愛さも感じてしまうから面白いものだ。

私個人的には試合のヒート度はシンの方に軍配を上げたい。というか好みである。
シンの場合は特に後年は入場からもう試合が始まっているといっていいスタイルを確立していた。
この入場大暴れは現役末期のハッスルでもますます磨きがかかり、同じくハッスルに参戦していたブッチャーは全く入場時は静かであった。

そういったライブ感覚はシンの方がよりハプニングやスリルの興奮を味わえる。
ただ場外乱闘になると全盛期のブッチャーもシンと互角の派手さだった。
むしろ、日本マットにはシンより3年早く登場したブッチャーだけに、この桁外れの場外乱闘スタイルはブッチャーが最初に確立したのだ。

次に反則の比較だ。
ブッチャー定番のフォークは77年末のオープン選手権決勝戦でのテリーに腕に突き刺したのが初で、それまでは他のレスラー同様、小さい普通の棒状の凶器にテープを巻いたものを使用していた。それが何かはわからないが。

フォーク事件以降、テリー戦中心にどんどん凶器攻撃がエスカレートしていき、猟奇的な残酷シーンも多く映し出した。
79年夏にはスピニングトーホールドを仕掛けるテリーの膝にフォークを突き刺したり、80年のチャンピオンカーニバルではビール瓶を胸に突き刺し、これは残酷シーンとして刺している場面はカットされたほどだった。

猪木曰く「ブッチャーのプロレスは残酷ショー」と揶揄したほど、ブッチャーの反則は残虐度を増していっていた。
では、テリー以外のレスラーにはどうだったかというと、馬場・鶴田にはそれまでと変わらないスタイルで攻めさせて自分が流血する試合だった。
特に馬場戦では自らの流血率が高く、馬場の腕にフォークを突き立てたという話は聞いたことがない。

テリー以外に腕にフォークを見舞った相手は仲間割れしたシークぐらいだったろう。テリーの兄、❝世界のアイドル❞ドリーには馬場・鶴田と同じスタイルで普通に額に凶器を突き立てていた。

このように相手によって残虐度が大きく異なっていたブッチャーだが、むしろテリー戦とシーク戦が異常で、その他がブッチャー本来のスタイルだったと言える。

ただテリー戦でのエスカレート度はブッチャーも悩んでいたらしく、80年にはもう梶原一騎との間で新日行を約束していたという。
❝反則のインフレ❞があの外人引き抜き戦争に繋がり、そして極悪レスラー滅亡への遠因になっていたことは否めない。

シンはというと、まずはサーベル攻撃だ。ただネタにもなったが、サーベルの先で突き刺したことは平成になってからIWAジャパンでターザン後藤などに仕掛けるまでは一貫して束の部分で殴るスタイルだったはずだ。
サーベルも銃刀法に引っ掛かるから刃の部分は突き刺せるほど鋭くはないはず。じゃないと口に咥えるなんて大怪我して不可能だろうから。

この束攻撃は結構エグイ。メリケンサック状態で上から振り落とす形で攻撃するため、かなりのダメージを与えている。
残虐度はないが、首筋なんかにこれを喰らったら相当効くはずだ。

サーベルと並ぶ反則として、ターバンでの首絞め。大概、ゴング前にこの戦法で奇襲をかけるパターンが多い。
ただブッチャーがベールでの首絞めなど反則に使ったことがないのと比べて、コスチュームで反則攻撃をするのはシンならではの個性だ。

試合が始まり、サーベルとターバンを取り上げられると延々とコブラクローを相手が泡を吹くまで繰り返し、ロープにブレイクしてもレフェリーカウントがとっくに「5」になっているのに一向に止めない。
ミスター高橋がカウント4まで数え、また1から数え直し、それでも離れないシンの口に手をかけて強引にブレイクさせているシーンは皆さまの印象に深いだろう。

そして凶器はタイツに隠しているごく普通の凶器。シークのように相手の額を抉るスタイルではなく、喉を突くスタイルだ。
だからシンの凶器で流血というシーンは実はあまりない。シンの真骨頂はタイツの小さい凶器より、場外でのありとあらゆるものを凶器とするスタイルだ。

特に椅子攻撃は、他のレスラーの上から振り落とすスタイルではなく、水平に喉や顎を突き刺すような独特のスタイルだ。
これも76年辺りから確立し、シンの代名詞の一つとなった。
あとは他のヒールもやるビール瓶攻撃もシンは多様した。ブッチャーとは違い、瓶を割って突き刺すのではなく、瓶の口を相手に水平に撃つという残虐度が少ない手法だ。

しかしブッチャーに刺激されたのか、81年にはダスティ・ローデスの腕をサーベルで引き裂くなど、反則スタイルも変化の兆しは僅かに見えたこともあった。しかし基本的には残虐で小さな凶器を突く静的なブッチャーと、動的で大きな凶器を振りかざすシンという型であろう。

長くなった。
この二人についてはまたの機会に語ろう。

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